岡山城
岡山~香川~愛媛の旅 1日目(全6日) その4
岡山城の基本情報
入館料 300円
オタクの所要時間 2時間
オタクポイント 月見櫓と西の丸西手櫓は、ぜひ見ておきたい!
街中に石垣、大きな内堀
現在整備されているのは、本丸部分だけで、外堀は柳川筋(南北に路面電車が走る道のうち西側)にあたり、広大な城でした。
(ちなみに、wikiの航空写真が分かりやすい。)
なので、 街中に内堀の石垣が残っていたりします。
たまたま歩いていたら出くわしました。
内堀をわたり、本丸に入城です。
現存する堀は、ここだけ。じゅうぶんでかい堀です。
石垣いろいろ
岡山城の石垣は、築城した時代によっていろいろな積み方が見られます。
分類し始めるときりがないので、ここではスルー。詳しいことを知りたい方は、石垣フェチの皆様のサイトへ。
で、ちょっと注目したい石垣は、穴の中にある石垣。
これは、発掘されたもので、築城当初の姿を見ることができます。
この上にかぶせるように新たな石垣を造っていったので、埋もれていました。
あまり加工していない石を使っているのが特徴だそうです。
天守閣・大手門 ・・・復元だけど
大きな不明(あかずの)門を通ると、
大きくて立派な天守閣が表れます。
烏城(うじょう・烏=カラス)とよばれるにふさわしい漆黒のきれいな城です。
明治維新で、全国の城が消えていく中、岡山城は天守閣が残りました。
しかし、昭和20年(1945)の空襲で、悲しいかな焼けてしまったのです。非常にもったいない。
復元してるので、十分雰囲気は味わえますが。
なお、天守閣にくっついている白い蔵は塩蔵。こんな風に付いているのは珍しいってさ。
城内
城内に入るとき、入場料がかかります。
6階立て、展示施設があって、岡山城の歴史が学べます。
分かりやすくて、本物の歴史資料も展示されていて、なかなかだと思います。
土産屋もあるよ。
6階の天守からの眺望は、絶景です。
ざっくり、岡山城の歴史
ちょっとだけ、岡山城の歴史。
天正18年(1590)、宇喜多秀家が現在の城の築城を始める。
ちなみに、秀家の父・直家は、備前国を統一して宇喜多家を戦国大名にまで成長させた、たたき上げ。
※戦国大名は、国レベルまで統治できた領主で、ここまで成長できる例は意外に少ない。その下は、国人領主や戦国領主とよばれる連中。戦国時代の真田氏とかはこのレベル、すっごくたくさんいる。
秀家も豊臣秀吉のお気に入りとして大出世するんだけど、関ヶ原で徳川家康に敗れて没落。
秀家は八丈島に流されて、50年を過ごして没します。この50年間がなかなか興味深い。展示でよくわかります。
でも、展示ではその名誉を回復。
関ヶ原での行動は、急な裏切りではなかったようだし、岡山の街づくりに貢献大。でも、急逝して、後継ぎがいなくて、名門小早川家は取り潰しとなってしまいます。
その後に岡山城を治めるのは池田家。家康の娘婿となり信頼を得て、岡山藩31万石を江戸時代を通して守り続けたのでした。
池田家って一族の鳥取藩と合わせて60万石以上、派手さはないけど凄い家だ。
岡山城のメイン? 月見櫓と西の丸西手櫓
さて、岡山城は空襲で焼かれてしまったのですが、焼けなかった櫓(やぐら)が2つ存在します。国の重要文化財にもなっています。
あんまり見る人がいませんが、この2つこそ最重要。必ず見ておきたい!
ということで、月見櫓と西の丸西手櫓は別立てでご紹介。